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  • 花田

サリカ・ル・デルタの反乱 1

1 島崎光


「――本当に大丈夫なんだな、サリカ」  黒髪の少年は屋上のふちに立っていた。  舌先が少し痺れている。緊張しているのだ。  少年の背にはサリカと呼ばれた何者かが立っている。当然だ、と声を発すると、どうやらその者は女であった。 少年は振り返ろうとしていたのをやめ、前を向いた。眼前には夜の東京が広がっている。美しい夜景だ。窓のひとつひとつが整列し、まばらに集合体を作っている。なにかの地図のようでもあったが、結局はなんでもない。何の意味も持たない。少年にとって興味を惹くなにかではない。  ――大丈夫なんだ。  少年が口の中で確かめた一言に、正面から夜風が吹いた。  両腕を十字架のように広げる。脇腹を、腕を、空気が流れていく。なんて心地がよいのだろう。少年は誘われるように目を閉じ、顔を少し上げた。顎と首元の汗を風が触れていった。夜が優しかった。僕は正しい。少年は悟った。  自分の心臓の音が聞こえなくなった。  耳鳴りもやんだ。  汗もひいた。  風が吹いている。  大丈夫だ。  体重が一瞬にして軽くなった気がした。重力を手放し、少年は屋上のふちから重心を前に倒した。足裏からコンクリートの地面の感触が消えた時、すべての感情を失った。落ちる時に目の端に女が映った。サリカ、と思った。思ったが思っただけだった。すぐに視界は回転し、無重力となった直後、少年は逆さまに美しく落ちていった。  建物は十二階建てのマンションだった。少年の名は島崎光、西大森工業高等学校二年生。同マンションの六〇二号室に父母と三人暮らし。自室の勉強机には数学のノートの最終ページを切り取ったメモ紙の遺書が残されており、本件は自殺と判断された。遺書には両親への感謝と謝罪、学校での無視と暴力と頻繁な物の紛失があった事実、それに関与していたと思われる同級生のフルネームの羅列、彼らへの恨みと、人間とはえてしてそういうものであるという少しの悟りと同情、そしてお決まりの一言で締められていた。 「僕は次の人生を選ぶ」――

***

「これもうなんとかしてほしいっすね」  山本がデスクに腰かけて、もう飽きたと言わんばかりに署内のテレビを観ている。二十五インチ。近眼でここ最近眼鏡を新調していない高峯には、少し小さい。  テレビのニュースではここ数日似たような事件が次々に報道されている。どれをとってもすべてが同じ。やれ三十代女性が死んだ、やれ就活生が死んだ、一人暮らしの老婆が死んだ、社会人グループ五人が一気に死んだ。どれも自殺だった。  ことの始まりはある男のネット配信だった。  男は三十代後半、名前を芳川誠二。東湾大学の准教授。配信は彼の研究室から行われた。  配信の内容は荒唐無稽としか言いようがない。  彼の専門は環境社会学だが、それとこれとは関係がなく、彼はただ「人間は死ぬとその瞬間に誰かに生まれ変わる」と断言したのだ。証拠はないが、彼曰く彼の記憶が証拠である。彼はかつて、別の人間だった。生まれる前の話だ。年は明確に覚えていないが、1870年代の日本だったらしい。晴れた縁側で母と明治政府の話をした。ちょうど明治維新の頃だった。  死んだ理由は労咳(ろうがい)だった。生まれつき体が弱く、まだ若かったが男はすぐに床に伏した。身体は簡単に痩せ衰えた。そこそこ裕福な家だったが、何しろ食欲がなかった。  天井の木の模様ばかり覚えていると男は言った。そしてそこによく母が顔を出し、「そうちゃん」と呼びかけた。もともとは、正確な名前までは覚えていないらしかった。  死ぬ間際、野良猫の声が左耳から聴こえたという。天気の良い春の日だった。恐らく時折通りがかる、いつもの黒猫のヨルだと思われる。夜闇のような色の身体に月のような黄金の目。男と母はその猫をヨルと呼んでいた。  肺は重かったが、静かな最期であった。ヨルと、脇にいた母の存在感が次第に薄まり、まぶたの裏の闇に全身が包まれていくようだった。それからしばらく、男はその生前の記憶を失っていたという。  それから男は平成の世に生まれ、淡々と人生を歩んだ。社会学に漠然とした関心があり、そのタイミングで滋賀県高島市の針江(はりえ)集落の研究を知り、そこから環境社会学の道に進んだ。針江にはカバタと呼ばれる湧水施設が点在し、各家庭がその水を生活に使用している。  男は東湾大学で学び、そのまま時を経て准教授となった。男は人柄がよく、仲のよい研究者が多い人物だった。友人の中に歴史学者がいた。それが男にとって大きな転機となった。  その歴史学者は学会でも有名な変わり者、というか、研究は優れているが横道にそれることの多い人物だった。ある日突然、田舎の集落の「佐藤さん」が何世帯いるか調べ、そのルーツを探り、結果としてその佐藤さんが元をたどると割合最近まで一つの家であり、集落の佐藤さんたちが近い血縁関係にあることを調べあてたりする。ただしそんなことは、珍しいかと言うと、そうでもない。この歴史学者はそれを論文に取り入れることもない。ただ、趣味で突然思い立って何かを調べ出す。周囲には「また遊びが始まった」とよく言われていた。  この歴史学者が、ある時明治時代から残っていたある家を訪れた。立派な家であったので、建築界隈では確かに話題に上ることも、なかったわけではないが、まあそれほどでもないといった具合だ。その家は歴史学者の住むアパートの近所にあった。現在、家には長崎から引っ越してきた子連れの家族が住んでいる。明治期の住人の血は途切れていた。  古いものを大事にする家族で、屋根裏や天袋に大事に仕舞われていた家系図やら何やらを、家族は同じく大事に保管していたそうだ。その中に何冊かの日記もあった。紙は黄ばんで傷んでいたが、充分読めた。  親切な家族は、変わり者の歴史学者を家に上げ、家に残っているものを自由に見てよいと言った。  歴史学者は縁側で丸い湯のみの緑茶をすすりながら、「遊び」で日記を読んだ。日記を書いた者は結核だった。名前を加賀宗一郎。母と二人暮らしで、政治に関心があった。庭によく姿を見せる猫をヨルと名付けていた。加賀宗一郎は、若くして縁側に面した部屋で死んだ。  この話を歴史学者が、東湾大学の学生食堂でなんともなしに芳川――例の生まれ変わり配信をのちに行う准教授に話し始めると、芳川は途中で話を切り、「待ってくれ」と言ったらしい。猫の名を聞く前だった。 「その猫、ヨルだ」  芳川は言い当てた。そして、細い筆で、カタカナで書いていた、字に癖があってヨの字の真ん中の線が長く、縦の線を少し突き抜けていたはずだ、と言った。  そこから「そうちゃん」の呼び名が甦ってきた。母親にそうちゃんと呼ばれていた。加賀宗一郎だ。結核で、ヨルの声を聴いた後に死んだ加賀宗一郎だ。芳川は食堂で不意に、思い出した。 「それ、俺だ」  そして芳川は、ある程度の疑いを持ちつつも、奇妙な仮説にとらわれていった。何ヶ月か悩んだ。半年ほど経った。そして、配信に及んだ。  芳川が精神に異常をきたしている可能性を疑い、大森署の高峯と山本は一度研究室を訪れ、通院を勧めたことがある。芳川は素直に応じた。結果は異常なしだった。なにしろ、研究室を訪れた時点での芳川の対応、言動、空気、すべてがまるで怪しげなところもなく正常であった。この男が例の配信を行い、少しずつそれを信じる者が現れ、自殺者が緩やかに増えていることが、まるでなんとも、かみ合わない事実のように思えた。 「あなたの配信をきっかけに自殺者が増えていることについて、何か思うことは」  高峯は、研究室で出された茶を飲まずに、前かがみになって、しかし落ち着いた口調で聞いた。  芳川は一瞬暗い目をしたが、それは、とつぶやいたあと、一度目を伏せて、数秒黙ってから顔を上げて高峯を見た。 「でも、生き返りの可能性があるので、責められない」  責められない。死んだ者たちを、か。  それ以上芳川は何も言わなかった。黙り込んだ芳川は奇妙なほど正常であった。その奇妙さを、高峯は忘れまいと思った。高峯は結局茶を飲まず、山本は茶を飲み干し、退室した。  芳川を罪に問えるのかという問題と、芳川の奇妙な正常性と、日々少しずつ増える自殺者の数。山本がおもむろに携帯でネットのニュースを確認した。 「ゆうべ高校生が飛び降りしたんですって、西大森工業の生徒」  今日もいい天気ですねぐらいの言い方で山本がつぶやいた。大学は廊下の窓が開いていた。蝉が鳴き始めている。  夏が始まろうとしていた。

2019.09.21

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まず認識したのは季節だ。  石への日光の照り方からして夏なのは確実で、そうだ、石の階段を上っているのだった。  遅れて耳の奥から蝉の声がし始める。続いて暑さを含む空気が茫洋と感じられ、石の階段を上りきると、神社だった。  鳥居の奥に中ぐらいの拝殿があり、賽銭箱の前に誰かが座っている。つばの広い麦わら帽をかぶり、後ろで小さく結んだ黒髪と、顔は鼻から下だけしか見えなかったが、俺はそれが誰なのか知ってい